「人気マンガ実写化」「人気小説実写化」というワードに対して「アレルギー」がある話

雑記
「このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。」

本当の話とか、実際は何があったか、とか私は知らないし、誰がどうと言うつもりはないのですが、少なからず、先日亡くなられた、芦原妃名子先生の事には触れると思います。生憎、私は上記の理由と、元々テレビドラマが苦手なので、ドラマを見ておらず、原作も読んだことは無かったのですが、報道されている亡くなる前の発言等を拝見するだけでも、何だか胸が痛くなる思いです。

決して、実写化全てを否定している訳ではなく。ただただ、「人気マンガ!実写化決定!」「あの待望の小説!遂に実写化!」って言葉を見ると蕁麻疹が出る(出そうになる)という現象に陥るのは、私だけでは無いはずで。

やはり、「原作とかけ離れてるドラマ」というのが、実写化アレルギーの原因になっている、と、最初に言っておきます。

まず、ドラマ自体にアレルギーがある

舞台に関わる仕事をしていたことがあるのですが、それ故に所謂「テレビドラマ」が苦手です。

あ、舞台のレビュー書いておきながらなんですが、舞台も、苦手な類のものもあります。

「生身の人間」が見えてしまうことに戸惑う

何故私が「実写化」に対してアレルギーが有るかというと、演者さんたちが私たちの生活に近くなってしまったことにあると思います。

InstagramやX(Twitter)でお友達と楽しそうに写真を撮っている役者の方が、「友達の居ない暗い人間」を演じたとて、説得力のかけらもなくて、それが私には矛盾に感じるんです。

演技なんて所詮嘘なんですが、その嘘に上手く騙されることができないのです。

別に役者はプライベートを表に出すなと言ってるわけではありません!その、表になってるプライベートの部分も、作られたものであることも否定できませんし。

邪念でストーリーに集中できない

どうしても創り手目線でみてしまうのですが、「なんでこのカメラアングルにした?」とか、「なんでこのセリフにOK出した?」とか、「この女優可愛く見せたいんだな」とか、「これ、別撮りだな」とか「あ、ケン⚫︎ッキーがスポンサーか」とか、もう、色んなこと考えてしまうんですよね笑

ほんとうに、実写化って、大人の事情盛りだくさんで、肝心のストーリーが蔑ろにされてる感があるんです。(全てとは言いません、全て見てませんから)

嫌な視聴者ですよね笑

職業病かもしれないんですが。

人気女優と背の低い男性アイドルの対話シーンは、大体不自然な距離とってることが多いのは有名な話で。(ひと昔前の話です、今は知りません。)

原作には、魂が宿っている

故・井上ひさしさんは、自身が書いた脚本の読み合わせの時、役者陣にこう言うそうです。

「一言一句、絶対に間違えないで読んで下さい。」

と。

全ての会話は、原作者の井上ひさしさんの中で既に出来上がっていて、句読点までも計算されて作られているのです。

原作者にそう言われたら、役者は守らないわけには行かない。

そういうモノであると思うのです。

故に、原作者の言うことは絶対なのです。

原作者が好きにして良いと言えば好きにしていい。スポンサーもたくさんつけて、売れっ子俳優をたくさん配役させれば良いのです。

ただし、原作者が好きにして良いと言えば、です。

報道されていることを鵜呑みにするならば・・・

芦原先生のお話をするとして、報道されていることを鵜呑みにするとすれば、やはり制作側は、実写化に対してもっと、もっと敬意を払うべきであり、それができないのであれば頑張ってオリジナルでドラマなりバラエティーの企画なりするべきです。

脚本家さんは脚本家さんの仕事をしたまで、演出さんや監督さんも己の仕事をしたまで。

ただやはりどこかで原作者に対して誠実でなかったのです。ただただ、そうだったのです。

何も知らないのに、偉そうにすみません。

原作の、想いを、産みの苦しみを、絶対に蔑ろにしてはいけません。

誰がどうという訳ではないですが、関わった人全ての人、もちろん、視聴者もが、原作に敬意を払うべき、ただそれだけです。

最後になりましたが、亡くなられた芦原妃名子先生のご冥福を、深くお祈り申し上げます。

この記事を書いた人

「今日がいちばん若い!」が口癖のアラフォー。チキンのくせに見切り発車でいろいろ突っ走るが、失敗はしても後悔はしないタイプ。2024年に約6年の不妊治療を経て女児出産。アラフォーのわりに体系維持はできているほうだと自負している。肌も奇麗なほうだと思い込んでいる。産後続く不眠が産後うつと診断されて戸惑っている。そんな日々を記す。

大浦みなせをフォローする
雑記
大浦みなせをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました